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整形外科

脊椎・脊髄疾患に対するARによる顕微鏡手術

この記事の内容

拡張現実技術を用いた安全・正確な手術

バーチャル・リアリティは「仮想現実」といわれ、専用のゴーグルやヘッドフォンなどを用いてコンピューターなどによって作られた仮想空間に完全に入り込むことによって、まるで現実であるかのように疑似体験できる技術です。昨今では医療分野においても医学教育や手術支援などの領域でも発展してきています。

一方、「拡張現実(オーグメンティド・リアリティ=Augmented Reality:以下AR)」は、現実世界にデジタル情報を重ね合わせて表示する技術になります。スマートフォンの画面などを通じて、実際の風景にコンピュータグラフィックス(CG)などで作られた仮想物体を反映させ、まるで現実世界に存在するかのように表示することができます。近年では、ARを用いたスマートフォンのゲームアプリなどエンターテインメント領域で発展してきた技術です。

当院の整形外科では、最新のARナビゲーションを手術顕微鏡とリンクさせたAR顕微鏡手術を行っており、2022年4月から現在(2024年1月)までに48例の脊椎(せきつい)・脊髄(せきずい)手術に使用してきました。古くは脳神経外科手術の領域で発展してきた技術で、2018年頃より脊椎外科手術へ使用されていますが、国内でAR顕微鏡を扱う施設はまだ限られています。

当初は脊髄腫瘍(しゅよう)の手術から始めましたが、最近では脊椎のさまざまな疾患の顕微鏡手術にARナビゲーションを併用しています。

AR顕微鏡は、手術顕微鏡にARの技術を利用して、術前に作製した脊髄・血管・骨などの解剖構造や腫瘍などの仮想画像(バーチャル画像)を重ねて表示することができる顕微鏡となっています。 

まず、術前に患者さんのMRIやCT検査などの画像情報から、専用のワークステーションで3次元(3D)の仮想画像を作製します(図1)。

図1 術前計画で作製した仮想画像(紫色:胸椎硬膜内腫瘍、黄色:脊髄)

次に、手術中にナビゲーションのアンテナを患者側と顕微鏡側に設置して、位置情報を合わせることで、手術の前に作製した3D画像を手術顕微鏡内に表示することができます(図2)。

図2 図1の仮想画像をAR顕微鏡として術野に投影
(左:椎弓切除前(ついきゅうせっじょまえ)、右:硬膜切開後(こうまくせっかいご)

ARナビゲーションを併用することで複雑な解剖構造をより理解しやすくしたり、腫瘍の大きさを把握しながら最小限の骨切除で手術を行ったり、また神経・血管損傷などの重篤な合併症を予防したり、これまでよりもさらに安全かつ正確に手術できるようになりました。

拡張現実技術の教育への利用

AR顕微鏡は、前述のように骨の表面に解剖構造を表示しながら手術を行えますので、若手外科医への教育にも活用することができます。日々の診療の中で指導医の手術手技を見て学ぶ中で、オン・ザ・ジョブトレーニングとしてこのAR顕微鏡手術は指導医と術野(手術中の目で見える範囲)を共有しながら、適切な除圧範囲の確認、インプラント挿入などの手術手技を安全に行うことができます。そのため、手術教育の面からとても役立つと考えられるのです。

頸椎(けいつい)の手術中の画像を見ると、顕微鏡の術野内に骨の情報(図3)を表示しながら手術を行っている様子が分かると思います。また、脊椎にインプラントを挿入する際にも適切なスクリューの刺入点を表示しながら手術を行うこともできます(写真、図4、図5、6)。ARナビゲーションを用いた新しい手術教育にも取り組んでいきます。

図3 AR技術を用いた顕微鏡手術(頸椎後方椎間孔拡大術(けいついこうほうついかんこうかくだいじゅつ))
写真 AR顕微鏡術中の風景
図4 脊椎インプラント挿入手術
図5、6 脊椎インプラントが適切に挿入されている

執筆者

整形外科 病棟医長・講師 手束 文威

※執筆者の所属・役職は書籍発刊時(2024年3月)のものです。

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