医療分野への応用が進むAR(拡張現実)技術
近年、AR(拡張現実)機器の医療分野への応用が盛んに行われています。形成外科分野では、機能(視野やかみ合わせなど)や形態(見た目)の改善を目的とする顎顔面(がくがんめん)領域の手術で発展してきました。
例えば、眼球に強い外力が加わって起こる眼窩骨折(がんかこっせつ)では、モノが二重に見える複視を生じます。また、頬(ほお)や顎(あご)(上顎(じょうがく)・下顎(かがく))の骨折では、顔貌(がんぼう)(かおかたち)に左右差が生じたり、かみ合わせの異常を生じたりすることがあります。これらの手術では、折れた骨をもとの位置に戻す際に、重要な神経や血管を傷つけないようにしなければなりませんが、体外からは見えないため盲目的な手術操作が必要になることがあります。すると、知覚異常や出血過多という合併症が生じることがあります。
そこで、術前に撮影したCTデータをもとに、あらかじめ神経・血管の位置をマーキングし、術中にナビゲーションシステムを用いることで、目視(もくし)できなかった神経・血管を確認しながら、手術操作が可能になります。安心で安全な手術を行えるように、このAR技術が医療の現場へ広く普及することが望まれます。
形成外科分野へのAR技術の導入
私たちも、顔の骨に対する手術の際に、AR技術を用いた手術支援を導入しています。線維性骨異形成症(せんいせいこついけいせいしょう)という病気で、右下顎の骨が過剰に作られ、見た目に左右差がある患者さんのCT画像です(図1)。口の中を切って、過剰な骨を削っていく手術になりますが、下顎骨(かがくこつ)内の知覚神経を傷つけずに左右差を改善させる必要があります。そこで、事前シミュレーションで神経をマーキングし(図2:青)、正常側を反転させておくことで(図2:赤)、手術中にドリル先の位置(図2:緑)をリアルタイムで観察しながら、安全に削ることができます。
現在は、術野(手術中の目で見える範囲)とモニターの両方を見ながらの操作になりますが、将来的にはスマートグラスを装着し、コンピュータグラフィックス(CG)を重ね合わせることで、同一視野で手術が可能となるVR(仮想現実)技術の発展が期待されます。