乳房温存療法〜全摘から温存へ
乳がんは、女性にとって大きな脅威となる疾患の一つです。幸いにも、定期的な検診の普及によって、乳がんは早期に発見されることが増えてきました。
早期発見により治療の成功率が高まり、生存率や制御率を良くすることができます。以前は早期乳がんであっても治療として乳房全摘術(にゅうぼうぜんてきじゅつ)、つまり乳房をすべて取り除く手術が一般的でした。しかし、この手術はがん治療としては効果的である一方で、乳房を失うことになってしまいます。乳房は多くの女性にとって重要な自己イメージの一部であり、失うことは大きな心理的負担が生じます。その結果として自己肯定感の低下や身体イメージの変化につながり、心理的な幸福感にも影響を及ぼすことも知られています。
近年では、早期乳がんに対しては乳房を残しながら治療を行う「乳房温存療法(にゅうぼうおんぞんりょうほう)」が主流となってきました。この方法では、乳房内のがんのある部分だけを取り除く手術(乳房部分切除術)を行った後、乳房全体に放射線治療を施します。これにより、乳房を残しつつ早期乳がんを効果的に治療できるようになり、乳房全摘術と同等の治療効果が得られるようになりました。
部分照射のメリット〜APBIによる乳がん治療の進化
乳房部分切除術(にゅうぼうぶぶんせつじょじゅつ)では、乳腺外科医の創意工夫により手術技術が進歩しています。美しい乳房の形態を保つために再建手術も同時に行うことで、より自然な乳房の形態を維持することが可能になってきています。
しかし、部分切除術後に行われる放射線治療は、長らく乳房全体に放射線を照射する全乳房照射(ぜんにゅうぼうしょうしゃ)しかありませんでした。乳房全体への放射線照射により、放射線の影響で乳房全体の皮膚の硬化や乾燥、引き攣れが現れやすくなり、乳房の変形や色調の変化が起こりやすくなります。また、隣接する肺にも当たる範囲が広くなり、放射線肺臓炎(はいぞうえん)のリスクもあります。
近年の研究により、狭く限られた範囲の早期乳がんであれば、乳房全体に放射線を照射せずがん病巣を切除した部分だけに放射線を照射する方法が有効であることが分かってきました。
放射線照射の範囲が狭くなることから体への負担が減りますので、1回に照射する放射線の量を多くすることができ、その結果として治療の回数を少なくすることができます。これを加速乳房部分照射(かそくにゅうぼうぶぶんしょうしゃ)(accelerated partial breast irradiation: APBI)と呼びます。
APBIは乳房に部分的に照射することで放射線の皮膚や肺への影響を最小限に抑え(図1)、美しい乳房を残しながら治療効果も得られる新しい放射線治療の方法です。乳がんに対する治療の効果も全乳房照射と変わらない、最新の乳がん診療ガイドラインでも推奨されている放射線照射の新しい技術になります。
通常の放射線治療では、体の外から放射線を照射する放射線外照射(がいしょうしゃ)が一般的で、全乳房照射でも外照射で行われます。当院で行うAPBIでは、小線源治療を用いた組織内照射を利用しています。
この方法は、放射線を照射する乳房にカテーテルを挿入し、そのカテーテルの内部から放射線源となるIr-192を用いて放射線照射(図2)を行います。乳房の内部から放射線を当てることで、腫瘍があった部分にはしっかりと放射線を当てることができますが、皮膚や肺への放射線の量を緻密な線量計算を行い低減することができるので、副作用を減少させることができます。その結果、乳房の変形や色調の変化が起こりにくい放射線治療を行うことができ、美しい乳房を残すことができるのです。
通常の全乳房照射では標準的には約6週間の外来通院が必要です。一方、当院でのAPBIは4日間の入院で全て完了し(図3)、その中でわずか3回の放射線治療を受けるだけです。短期間での治療ながら、その効果はこれまでの方法と変わりません。
個別治療へ〜新たな希望の提供
さらに、APBIは地域医療においても重要な役割を果たしています。
徳島県内では放射線治療の装置が徳島市やその近郊に偏っており(図4)、放射線治療のために長距離かつ長期間の通院が難しい地域にお住まいの患者さんの中には、乳房温存療法が選択できるにもかかわらず、乳房切除術を選択される方もいました。
APBIなら高い治療効果を短期間で得られるため、通院が難しい方でも短期間の入院で治療が受けられ、乳房を美しく残すことができることから、新たな治療の選択肢となり得ます。
また、働きながら治療を続けている患者さんも、最短の入院期間で治療を終えることができ、退院したらすぐに仕事復帰することも可能です。
乳がん治療は、一人ひとりの状態に合わせて最適な方法を選択することが重要です。APBIはその新しい選択肢の一つとして、多くの患者さんに希望をもたらしています。
特に乳房への負担が少なく傷跡も残りにくいMulti-catheter法によるAPBIは高度な技術が要求される治療方法ですが、当院は全国でもトップクラスの実績を持っています。ちなみに現在(2024年1月)、西日本において、この方法が部分切除後の治療としていつでも選択できる施設として、当院放射線治療科は確固たる存在となっています。